の間に生きて 第1章:3項【生きる】
【歩み】

ここ50年、情報化や国際化が加速する中で社会環境も変り、未来が身近に感じられて来るほど、時の経つのも早くなったような錯覚さえして久しい
 このような時世にあって、過ぎし時代を描いた書物を読み耽っていると、その時代の風景を刻んでいった時の流れや、人の生き方が雲の上から観とれるように移し出されて来る
 その当時の人達には現代の様子が想像もつかなかったように、今、私も2,30年、また50年先の未来を想像してトリップし、その時代から遡って今のこの私の生き方を見取れるとしたら、果たして今日の自分の生き方に後悔はないであろうかと
 今から50年先など判る訳がないけれど、ただ言える事は既に私はこの世にいないという現実だけは確かである

この日本も戦況の時代から苦況、盛況、不況と50年余りで世相も激化し、現代のこの社会を見ては政治が悪い、経済が悪い、教育が悪い、親が子が悪いと悪い事ずくめに考え、自分の生き方にすら嘆きを募らせている時代の一幕がここにある
 あまり感動する事もなくなったこの世の中にあっても、この時代の背景は、我々が生きてゆく限りに於いての人生の舞台である

ここ10年近く、社会が冷えて困窮する現代の一幕の風景にも、人それぞれが歩んで作りだし、写し出して来た光景があり、我々はこれから先の人生を転結へと描きだしてゆく終演へとの舞台を残すのである
 我々世代が描き残してゆくこの時代の一幕がこれからの20年30年、50年先を繋ぐ進歩として、輝かしい時代であれば良いのだが、書物(歴史)はそういった時代背景を舞台に、その時を生きた人物や事柄の発展に焦点を合わして描いている
 人はこの世を終れば無に還るけれど、その人それぞれがそれまでに作り出し、描き出して来た人生を世相とし、何らかのかたちにして後世に残し伝えてゆくのである
 私の人生もこの起承転結の一幕の「転」という段階に差し掛かり、人生を益々発展させる所に来ている
 そこには子供達を一人前の人間として育てて行かなければならない責任と義務があって、人生の一つの生き甲斐として日々に育つ子供の成長だけは、何より
(まばゆ)いものでなければならないのである


 現代の社会は3世代の人生経験を持つ人達が同居しているようなもの
 戦中戦後の混乱の中で、人生を形成すべき大事な青年期を戦争によって奪われ、物のない時代から復興して現代を過ごして来た高齢者の世代
 そして戦後の経済成長の中で育ってきた我々世代
 そしてバブル時代の繁栄の中で育った、今の若者達の世代
 それぞれの育った時代、環境は違うけれど、現代はそういった世代を越えて、お互いの人生経験や知識を共に学び合わなければならない、新たな時代性を迎えている

その戦後の貧困から日本再構築という時に、我々世代のベビーブームが起こった


生きる:【社会人への旅たち】

第2章:希望へ 第3章:信仰と心へ