(はざま)生きて   生きる4
人生の出直し

 人にはそれぞれの思惑もあり、人生の目的も経験もその歩みの段階も様々であるように、その生き方も事を詰めれば自己中心的になる事から、人間関係ほど難しいものはない。能あるたかはつめをかくすというけれど、器量も度量も欠けて人間関係も下手では、僅かに身に付けた技術能力だけで、人生を広く渡ってゆく事は出来ない。私はただ技術という能力を見に付ける事だけを目的に、真っ直ぐ進む事を生き甲斐としてきたから、人間関係の理を怠り、現実の壁をその能力の爪一本で理想の夢を追って生きてきたようなものである。
 そんな若気で歩んで来た青春時代に悔いはないが、無知で未熟であった人生への反省だけが残った。

その後にサロンを引き継いだ彼は、経営が順調に進まず、日本への送金は徐々に先延ばしとなり、挙句の果てに余額を残したまま打ち切らざるを得なくなってしまった。4万ドルで買って頂けたものを、美容師の知人に簡単な口契約でサロンを譲り、そのまま帰国してしまった事を、父からは頭の出来の悪さを心底疑われたものである。
 それ以来、私の性格は金銭感覚の商売人としての素質に不適格である事を自覚するもので、これからはその自覚を活用しながら人生の再出発をしてゆこうと思っているのである。

 そんなこんなで日本に戻って来たけれど、今度はアメリカの生活が身に付いていて、そのブランクが日本の生活文化を馴染めないものにしていた。
 留学は私の人生に得難い経験をもたらしたけれど、それと同時に生活空間に大きな穴があき、家族や友人達との間の人生観さえも変えてしまう事となった。家族のいる日本に精神的安らぎは得るものの、その生活は豊か過ぎて刺激がなく、円とドルの変動や物価の高騰、そして経済大国となった都会の過密した生活環境が偏狭で重苦しく、今となっては、異郷となった故郷に戻って来たようなものであった。
 ずれてしまった生活習慣や感覚があらゆる事の壁となり、高度成長した東京は、今や大都会であり、「お前のような者には、既に居場所のない遠い故郷である」と、言わんばかりの世間に映っていた。
 時間と空間をトリップしていたアメリカ生活は過去のもの。家族の間にも壁ができて、今の私を判る人もなく、これからの人生もまた新たな生活を求めてゆかなければならない時ではないかと思い始めた。

日本を発つ時、「今度、日本に帰って来る時には自分を変えて来る」と想って旅立った結果が、全てに於いてこのような有り様となった。日本は社会環境がすっかり変わって全てが豊かになり、心病むものは私1人のようであったし、友人と懐かしむ共通点は八年前に遡る過去の話題と、それぞれがロスアンゼルスに遊びに来てくれた時の記憶が、うっすらと残っているぐらいでしかなかった。
 これまで気心の通い合ってきた友人関係は、長い青春時代の月日を掛けて築き上げて来たもの。しかし、その今は、多くの友人が結婚して、それぞれの生活環境を持ち、この8年間の空白の時間は私と友人達との人生観や価値観に溝を深め、友人と3人集まれば彼らの話題に届かなくなってしまっていた。
 それは家族にも言える事で、今の私の中では昔ながらの自分と、アメリカ生活の8年とが、空白の時間の間で分断され、亀裂した状態になってしまった。

私はこの時、これからの人生のために過去一切を捨て、新たな生活を取り戻す為に、一から出直す必要性を感じていた。
 今一度の我が儘を通して両親を説得し、実家に開設したサロンを他人に手離し、新たな人生を目指す事にした。

 そして渋谷のある片隅にアパートを借り、先ず変わった日本の様子を知るために求職してみた。
 渋谷、青山、六本木に限らず、何処もが夜中まで活気に溢れ、そこに衝撃や重圧や違和感を感じながら、眠らない不夜の街を見て回った。そして六本木、青山、渋谷と何処に勤めても疑われ、この時、私は31歳、あるサロンでは、「インターンと同じ給料と仕事から始めて貰う」と言われた事もあり、技術者募集の面接ですら断られる始末であった。それに私自身、何処のサロンに勤めても同じ事で、日本の主従関係に馴染めず職場を転々とする事、2年が過ぎていった。

こうして日本での生活環境を取り戻しながら、過去の対人関係に傷心し切っていた恩讐(おんしゅう)からも徐々に立ち直りつつ、渡米当時からの信念も回復してきた。今の女房と知り逢ったのも、そんな頃に勤めていたお客さんとしての関係である。私の志す職業柄と彼女の職業柄には同じような接点があり、彼女の独特な声の可愛らしい明るさから世間の話題も新鮮で、お互いの極致に支え合える縁を感じ結婚に踏み切った。
 彼女と知り合ったそれからは、過去からの傷心も一夢の拘りも消え、二人三脚から育っている二児の成長と共に18年の歳月が今日に過ぎて来た。
 
 人生50年、昔ならばこの私の歳で一生という訳で、人生の花がぱっと咲いて散っていた命である。
それが今では平均寿命が30年も延びたとは言え、それが身に染みて判っている訳ではないけれど、これからの人生のあるべき生き方を模索している。

 今、この難しくも多様化した時代の中にあって、豊かさから一種逆行した歪んだ世相を見ると、我々世代こそ人生観を矯正して努力し、年寄りほど生きる目的を掴み、若者たちほど人生に希望を湧き起こして、真剣に生きることを考えて行かなければならない時代であると思っている。

(続く)生きる5【生きることは学ぶこと】
「天と地の間に生きて」
第2章:希望
第3章:信仰と心